2025年5月9日、尼崎のある場所で500袋の豆が17分で消えました。
買えたのはごく一部の人です。年に一度、5月のおよそ2週間しか市場に出ない豆だからです。
名前は一寸ソラマメ。尼崎の武庫地域と富松地域で1200年以上つくられてきたと伝わる、粒の大きなそら豆です。
この記事でわかること
- 一寸ソラマメがどれくらい大きいのか
- 1200年前、行基上人が武庫村で試作したという伝来の話
- なぜ「幻の豆」と呼ばれるようになったのか
- 年に一度の即売会がいつ、どこで開かれるのか
- 買えなかったときに味わう方法
一寸ソラマメとは|粒が一寸(3.03cm)になる大粒のそら豆
一寸ソラマメの特徴は、名前がそのまま表しています。豆の粒が約一寸、つまり3.03cmほどにもなる大きさです。
スーパーで売られている一般的なそら豆と比べると、明らかに違います。食感はほくほくとしており、大きさと相まって食べごたえがあります。
尼崎で栽培されているのは2系統です。
| 名前 | 読み | 産地 |
|---|---|---|
| 武庫一寸 | むこいっすん | 尼崎市 武庫地域 |
| 富松一寸 | とまついっすん | 尼崎市 富松地域 |
どちらも尼崎市が伝統野菜として認定しています。
1200年前、行基がインドの豆を武庫村で試した
一寸ソラマメの伝来には、奈良時代まで遡る言い伝えがあります。
尼崎市の説明によれば、天平8年(736年)、インドの僧侶が行基上人に「王墳豆」という豆を与えました。日本におけるソラマメ栽培の始まりとされる出来事です。
行基はその豆を、武庫村の農家に試作させます。すると、元の豆より大きく、美味しく育ちました。これが一寸ソラマメの原型と伝わります。
なぜ武庫村だったのか
行基は、各地でため池や用水路をつくった僧として知られています。土地と水を見る目を持っていた人物です。
武庫川がつくった沖積地は、水はけと養分のバランスがそら豆に合ったのでしょう。1200年たっても同じ土地で同じ豆がつくられているという事実が、その選択の正しさを証明しています。
明治から昭和初期にかけてが最盛期でした。当時は高値で取引される作物だったと記録されています。
なぜ「幻の豆」になったのか|都市化と連作障害
結論を書きます。一寸ソラマメが減った理由は2つです。
- 都市化 — 昭和30年代以降、尼崎の農地が住宅地に変わっていった
- 連作障害 — そら豆は同じ畑で続けて栽培できない
2つ目が効きました。連作ができないということは、豆をつくるには畑を休ませる余分な土地が要るという意味です。農地が減るほど、栽培は難しくなります。
結果として生産量は激減し、市場にはほとんど出回らなくなりました。「幻の豆」という呼び名はここから来ています。
それでも残ったのは、守った人がいたから
平成9年(1997年)、富松豆保存研究会が設立されました。伝統野菜を絶やさないための取り組みです。
尼崎のもう一つの伝統野菜である尼いもは、一度完全に絶滅してから復活しました。一寸ソラマメは、消える前に踏みとどまった例だと言えます。
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年に一度、5月だけ|17分で500袋が消える即売会
一寸ソラマメを手に入れる方法は、事実上これだけです。5月に開かれる即売会。
2025年の開催内容は次のとおりでした。
| 種類 | 日程 | 場所 | 開始時刻 |
|---|---|---|---|
| 武庫一寸 | 5月9日、12日〜16日 | JA兵庫六甲 塚口支店前 | 午後2時 |
| 富松一寸 | 5月10日 | 富松神社 | 午後1時30分 |
初日の5月9日、500袋がわずか17分で完売しました。売切次第終了なので、開始時刻に並ぶ以外に確実な方法はありません。
市場に出回る期間は約2週間。1年のうち4パーセントに満たない、きわめて短い窓です。
※日程は年によって変わります。また不作の場合は中止もあります。お出かけ前に尼崎市やJA兵庫六甲の告知をご確認ください。
富松神社の「富松一寸豆まつり」
富松一寸には、神社の祭りがあります。
毎年5月10日、富松神社で富松一寸豆が振る舞われます。即売会と同じ日です。
野菜のために神社で祭りが開かれる。これは、その土地で豆がどういう位置づけだったのかを示しています。単なる農作物ではなく、地域の記憶そのものだということです。
ただし、こちらも不作の年には中止されます。
買えなかったときの選択肢
即売会に並べなかった人にも、一寸ソラマメを味わう方法があります。
- 一寸そら豆アイス — 兵庫六甲農業協同組合 尼崎営農支援センターが製造。「尼みやげ」認証商品
- 一寸そら豆のオイル漬け — 市内の飲食店が手剥きの豆で製造している商品もある
生の豆にはかないませんが、季節を外しても尼崎の伝統野菜に触れられます。
まとめ|1200年続いた豆が、年に17分だけ姿を見せる
- 一寸ソラマメは粒が約3.03cmになる大粒のそら豆
- 天平8年(736年)、行基上人が武庫村で試作したのが起源と伝わる
- 武庫一寸と富松一寸の2系統があり、どちらも尼崎市の伝統野菜
- 昭和30年代以降の都市化と連作障害で「幻の豆」に
- 平成9年に富松豆保存研究会が設立され、今も守られている
- 購入できるのは5月の即売会のみ。2025年は500袋が17分で完売
来年の5月、カレンダーに印をつけておく価値はあります。
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※この記事は尼崎市公式サイト、尼崎市のプレスリリース、地域情報サイトの公開情報をもとに構成しています。