子どものころ、母親に連れられて三和商店街へよく買い物に行きました。
「連れて行ってもらった」というより、僕の役目は荷物持ちです(笑)。
なかでもよく覚えているのが、年末のお正月準備の買い物です。
当時は、年末に仕事を納めると、年明けの7日ごろまで休みだったように記憶しています。お正月になると多くの店も休むため、その間に必要な食材を年末のうちにそろえなければなりませんでした。
年末の三和商店街は、前が見えないほどの人混みでした。
前が見えないほど人が集まった年末
母親の後について歩いていても、人の波に押されそうになります。買ったものが増えるたび、僕が持つ袋も重くなっていきました。
お正月の間に食べるものを何日分も用意するのですから、買い物をする側も大変です。一方、店にとっては一年の締めくくりとなる、年末のかき入れ時でした。
店先では、おじさんたちが大きな声で呼び込みをしています。
活気のある声だったのでしょうが、子どもの僕には少し怖く聞こえました。人の多さ、店先に並ぶ品物、飛び交う大きな声。それらが一緒になって、僕の中に「年末の三和商店街」として残っています。
何日分もの食材を買ったお正月前
今のように、お正月でもどこかの店が開いていることを当たり前には思えなかった時代です。
僕の記憶では、12月29日ごろに仕事を納め、年明けの7日ごろまで休むところもありました。家族が休みの間に食べるものをまとめて準備するため、母親にとって年末の買い物は大仕事だったと思います。
当時の僕は、そんな苦労までは分かっていません。ただ、渡された袋を持ち、母親とはぐれないようについて歩いていました。
今振り返ると、あの人混みは、それぞれの家庭がお正月を迎える準備をしていた光景だったのでしょう。
今も地域の台所として続く商店街

現在の三和本通商店街は、阪神出屋敷駅と阪神尼崎駅の間にある、全長約500メートルのアーケード商店街です。公式サイトでは、現在約100店舗が並び、「三和に行けば何でも揃う」を合言葉に、古くから地域の台所として親しまれてきたと紹介されています。
昔の年末のように、前が見えないほど人で埋まる光景を見ることは少なくなりました。それでも、商店街を歩けば、昔ながらの店と新しい店が並び、買い物をする人の姿があります。
子どものころの僕にとっては、母親について行く場所でした。今の僕にとっては、自分で買い物をし、知っている人の顔を見に行く場所になっています。
阪神タイガースでにぎわう商店街
尼崎の商店街では、阪神タイガースを応援する催しが行われてきました。尼崎市の資料にも、各商店街で阪神タイガースの応援イベントが開かれていた記録があります。
シーズンが始まり、阪神が優勝争いに加わると、商店街にも応援する空気が広がります。昔の年末とはにぎわい方が違っても、みんなが同じ話題で盛り上がるところに、尼崎の商店街らしさを感じます。
年末の買い物客の声と、野球を応援する人たちの声。時代によって聞こえる声は変わっても、商店街には人を集める力が残っています。
今は知人のお店を訪ねる場所
今でも、ときどき三和商店街へ買い物に行きます。
知人の「鮮魚つくし」さんと「うまいや」さんにもお邪魔しています。

いつも店内はいっぱいですよ!
マグロが安くて美味しいと評判ですが、うまい魚があると
どうしても飲み過ぎちゃうよね💦

うまいやさんの「オレンジのフレッシュジュースがうまい!」と
近所の小学生が言っていてので、今度いただきに行く予定^^
「鮮魚つくし」さんの店先には魚が並び、「うまいや」さんには果物が並んでいます。子どものころは、母親が買ったものを運ぶだけだった僕が、今では知人のお店を訪ね、言葉を交わしています。
街の様子や人の多さは変わりました。それでも、店先で顔を合わせて話ができることは、商店街ならではの良さだと思います。
荷物の重さと一緒に残っている記憶
年末の三和商店街を思い出すと、最初に浮かぶのは前が見えないほどの人混みです。その次に、大きな声で呼び込みをする店のおじさん。そして、母親から渡された買い物袋の重さです。
当時は、ただ荷物が重いと思っていたのかもしれません。
しかし今になってみると、その重さも含めて、家族でお正月を迎えるための記憶になっています。
母親の荷物持ちとして歩いた商店街を、今は自分の足で歩き、知人のお店を訪ねる。三和商店街は、子どものころの僕と今の僕をつないでくれる場所です。