写真を整理していると、尼崎のあちこちで撮った写真が出てきました。
阪神尼崎駅の北口広場、出屋敷駅前、三和商店街、尼崎商工会議所や生涯学習プラザ、大庄元気むら、そして尼崎城。
こうして名前を並べると、まるで尼崎を観光して歩いた記録のように見えます。
でも、当時の僕は観光をしていたわけではありません。会議や地域活動などの用事があって、自転車で出かけた先で撮った写真です。
その時は何気なく撮っただけだったと思います。ところが、今あらためて見返してみると、これは尼崎の記録であると同時に、僕自身がこの街の中を動いていた記録でもありました。
目的地へ向かうために、自転車を走らせていた
尼崎市内を移動するとき、僕はよく自転車を使っていました。
電車や車とは違い、自転車では街との距離が近くなります。信号で止まれば、目の前の建物が見える。商店街を通れば、人の流れや店の様子が目に入る。少し気になるものがあれば、その場で止まることもできます。
当時の目的は、あくまで会議や用事へ行くことでした。それでも途中で写真を撮っていたということは、僕の中に「この景色を残しておきたい」という気持ちがあったのかもしれません。

駅前には、その街の時間が写っている
阪神尼崎駅北口広場の写真には、広場や花壇、噴水のある景色が残っています。
出屋敷駅前の写真には、人が集まり、演奏している様子も写っていました。三和商店街には、商店街らしい看板と、昔から続く街のにぎわいがあります。塚口駅前のさんさんタウンは、同じ尼崎市内でも、阪神沿線とはまた違う雰囲気です。
その時の僕は、駅前の変化を記録しようと考えて撮ったわけではなかったと思います。しかし写真は、撮った本人が忘れていた街の空気まで残してくれます。
「このころ、ここを自転車で走っていたな」
「この場所へ、何の用事で来たんやったかな」
一枚の写真から、そんな記憶が少しずつ戻ってきます。
会議室の写真に、地域活動へ関わっていた時間が残っていた
尼崎商工会議所の建物や大会議室。大庄北生涯学習プラザや中央北生涯学習プラザ。大庄元気むら。

写真には、建物の外観だけでなく、人が集まって話を聞いている様子や、会議室の風景も残っていました。
会議に参加している時は、その時間が将来「自分史」になるとは考えていません。何かを決めるために集まる。地域の話を聞く。自分の意見を伝える。その一つひとつは、当時は日常の延長でした。
けれども、写真を並べてみると、僕が尼崎のいろいろな場所へ出かけ、人と関わり、地域について考えていた時期が確かにあったことが分かります。
尼崎城も、特別な観光地ではなく「いつもの街」の中にあった

尼崎城は昼間の写真だけでなく、夜にライトアップされた写真も残っていました。立派な城だけを見れば、観光地の写真です。
でも僕にとっては、自転車で移動する尼崎の街の中にある景色の一つでもあります。会議へ行く途中。用事を済ませた帰り道。何気なく立ち止まり、スマートフォンを向ける。
そんな行動の積み重ねが、今になって尼崎で暮らしてきた時間を思い出す手がかりになっています。
Googleマップに残した写真も、僕の足跡だった
僕が撮った写真の中には、Googleマップへ掲載したものもあります。その場所を訪れた時に写真を撮り、Googleマップに載せる。
一枚ずつ見れば、建物や店、駅前の様子を伝えるための写真です。しかし、投稿した写真をまとめて見返すと、僕が実際にどこへ行き、どんな景色に目を留めてきたのかが分かります。
Googleマップに残した写真も、僕の足跡の一つになっていました。
これからも出かけた場所で写真を撮り、場所の情報としてGoogleマップに掲載していきたいと思います。同じ写真を自分のブログでも使えば、Googleマップでは場所を探している人の参考になり、ブログでは僕がその場所へ行った時の記憶を伝えられます。
一枚の写真が、街の案内と自分史の両方に役立つ。それも写真を残していく面白さだと思います。
自分史は、大きな出来事だけを書くものではない

自分史というと、人生を変えた出来事や、大きな成功、忘れられない事件を書くものだと思いがちです。でも、本当はそれだけではないのかもしれません。
- 自転車でどこへ行ったのか。
- どの建物に入ったのか。
- どんな駅前を通ったのか。
- なぜその場所で写真を撮ったのか。
そうした小さな行動にも、その時の自分が表れています。
今回見つかった写真は、尼崎の名所を紹介するためだけの素材ではありません。僕がこの街の中を自転車で走り、会議や地域活動へ出かけていた証拠でもあります。
当時は、ただ目的地へ向かっていた。でも今振り返ると、その道の途中に僕の自分史が残っていました。
「この日は、なぜここへ行ったんやろ?」
「この場所で、誰と何を話したんやろ?」
これから一枚ずつ写真を見ながら、そんなことを思い出していきたいと思います。
街の記録をたどることは、自分の記憶をたどることでもある。尼崎を歩く記事とは少し違う、僕自身の「あれから」を、写真からもう一度拾い集めてみます。